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『邦楽アレンジシリーズ』の歌詞文語アレンジの人:萬月邸の作詞担当・芙雪(綾部ふゆ)のブログです。

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『和楽・いろは唄』歌詞意訳と解説|文語調歌詞担当:綾部ふゆ

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こちらの記事には、11月21日にavexより発売されました『和楽花道中 杵家七三社中 傑作撰~ボカロ曲を演奏して戴いた~』に収録されております『和楽・いろは唄』の歌詞の意訳と解説を掲載しています。
発売日から少し遅れての発表ではありますが、原曲と比較して楽しんで頂けたら嬉しいです。
歌詞の文語訳を快諾して下さいました銀サク様に改めて御礼申し上げます。






さて!今回も、いつものようにかなり長くなると思います!
皆さん、飲み物とかおやつとか用意してのんびりお付き合い下さいませー。


まずは、どのような意図で文語調に訳したのかという説明から。


今回は、いつもと同じく『原曲の世界観を保持する』というテーマの他に、『遊郭での色恋』というテーマを盛り込もうという事になりました。
原曲がとにかくフェティッシュでエロティシズム溢れるものなので、その雰囲気や勢いをなくさず、和楽の音色に合い、かつ、面白い要素を……と考えた結果です。
曲を聴いて下さった方は「なんじゃこりゃ?フシギな言葉遣いだなー」と思われたかと思います。
あれは、江戸時代から昭和32年まで東京に存在した遊郭『吉原遊郭(以下吉原と呼びます)』で働いていた女性たちが江戸時代に使用していた言葉遣いなんです。
例えば、『私の名前は鏡音でございます』は、『わっちの名は鏡音でござんす』になります。
ちょっとこう、なんと言いましょうか、気が強そうだけどしなっとしている、ぞくぞくするような言葉遣いなんですねぇ。
細かく見ていくと、時代によって一人称や言い回しにも違いがあったりするのですが、今回は江戸時代の戯作者(※江戸時代後期の通俗小説を書く人のこと)であり浮世絵師でもあった山東京伝(さんとうきょうでん)の『傾城買四十八手(けいせいかいしじゅうはって)』を参考にしてみました。
この言葉遣いは『ありんす言葉』や『郭言葉(くるわことば)』などと呼ばれています。
もっとザックリと端的に言うと、この言葉遣いは、特別な空間で、ふりふりのメイドさんに「お帰りなさいませ、ご主人さまっ(はあと)」と言われるとテンションが上がるのと同じ作用があるものです。


吉原は遊郭ですから、もちろん、男性がお金で一夜の恋人を買うというシステムです。
働く女性(遊女、女郎とも呼ばれます)たちにはランクがあったり、所属している見世(みせ)によって個性があったりするわけですが、共通する認識というか、遊郭での鉄則は、『お客とガチな恋はしない』というものでした。
なぜなら、彼女たちは見世に借金があったからです。それを返すまでは、郭の外には出られません。
もしも本気で恋をして駆け落ちや心中などをされると見世は大いに困ります。なので、色んな掟を作りました。
全ては作り事、だからこそ、最高に楽しく艶っぽい一夜をと、双方が頑張ります。
お客は、見世側が提示する色んなルールや作法などを頑張って乗り越え、かなりの大金を払って一夜を過ごすわけですから、そりゃあもう気合い入りまくり、カッコつけまくりという状況です。
お客側は、相手がプロであることや、お座敷の中での出来事が全部『作り事』であるということをもちろん心得ていますが、そこはホラ!やっぱ、カワイー子の一番になりたくなっちゃうじゃないですか!だって一晩一緒に過ごすんだもの!
『仕事とか関係ないです。好きになっちゃいました…』とか、『べ、別に、本気になったとか、そんなんじゃないんだからねっ///』とか、そういう関係になりたくなるわけで、心理的な駆け引きをしたり、プレゼント攻撃をしたり、とにかく通い詰めたりするわけですね。
そういう時間の中で、お互いに本気になっちゃうカップルもおりまして、遊女の借金がなくなり、晴れて夫婦に!なんていう人々もいたかと思いますが、そういうハッピーエンドな感じはそんなに多くなかったと思います。
本当に好きな人がいるのに、別の男性と一夜を過ごさなければならない女性の感情や、好きな子を郭から連れ出したくても連れ出せない男性の感情を考えると、溜息が落ちてしまいますねぇ。

そんな複雑で濃密な時間が吉原の中には流れており、互いの意地やプライド、見栄や悲しみ、苦しみ、心意気が大輪の牡丹や藤の花のように咲き乱れました。
売れっ子遊女たちの服装や髪型、化粧法などが流行したりもしたようです。今でいう、芸能人やモデルさんのような立ち位置ですかねぇ。
もちろん、男性たちも、めいっぱい見栄を張り合ったに違いありません。
ファッションはもちろんのこと、仕草や振る舞い、髪型、好きな音楽や趣味に至るまで、あれやこれやと自分を磨く人々もいたと思います。
(好きな子や気になる子の前で、つい見栄を張って大人っぽい映画の話をしちゃうとか、趣味の話題をとことん復習しとくとか、そういう気持ちだったと思うのです)
吉原から生まれた文化が、江戸の文化の繁栄に一役買ったことは言い過ぎではないかと思います。


今回は、そんな世界に視点を定めてみました。
また、今回は郭言葉の他にもうひとつ、江戸時代後期から明治時代にかけて大流行した俗曲、『都々逸(どどいつ)』をちりばめています。これは、元々は三味線と共にお座敷内で披露されるものでした。『七・七・七・五』の音数律をベースに、男女の色恋をテーマにしたものが数多く作られました。
どこにその都々逸が入っているのかは以下でお話ししたいと思います。

便宜上、以下に歌詞の全文を掲載し、その次に細かな言葉の解説、そして最後に、歌詞の意訳を掲載します。
ですが、先述の通り、全体的な意味としては原曲の歌詞の通りです。






『和楽花道中 杵家七三社中 傑作撰~ボカロ曲を演奏して戴いた~』収録
【和楽・いろは唄(振り仮名付き)】歌詞




アナタガ望マルヽ(のぞまるる)ナラ
犬ノヤウニ(ように)膝突キテ
紐ニ縄ニ呪ヒ(まじない)ニ
縛ラレテアゲンセウ(あげんしょう)

アルイハ子猫ノヤウニ(ように)
愛クロシキアナタヲ
指デ足デ唇デ
悦バセテアゲンセウ(あげんしょう)

どちらが先に 溺れたなどと
言ふ(う)ことも 無駄にござんす

色は匂へど(におえど) 散りぬるを
我が世誰(たれ)ぞ 常ならむ(ん)
発きんせう(あばきんしょう) もつともつと(もっともっと)向かう(むこう)まで

有為の奥山 今日越えて
浅き夢見じ 酔ひ(よい)もせず
染まりんせう(そまりんしょう) あなたの色
ハニホヘトチリヌルヲ


例ヘバ(たとえば)椿ノヤウニ(ように)
三冬(みふゆ)ニ咲ケト乞フ(こう)ナラ
雪ニ霜ニ躰ヲ
晒シテ生キンセウ(いきんしょう)

アルイハ薔薇散ル様ヲ
見タイトオツセエスナラ(おっせえすなら)
首ニ髪ニ香リヲ
纏ハセテ(まとわせて)逝キンセウ(いきんしょう)

鳴かぬ蛍が 身を焦がしても
それだけぢや(じゃ) 足りぬ狂い獅子

色は匂へど(におえど) 散りぬるを
我が世誰(たれ)ぞ 常ならむ(ん)
発きんせう(あばきんしょう) もつともつと(もっともっと)向かう(むこう)まで

有為の奥山 今日越えて
浅き夢見じ 酔ひ(よい)もせず
やつしんせう(やつしんしょう) 恋に焦がれて
アヽ(ああ)

惚れて通えど 散りぬるを
我が身誰(たれ)ぞ 常ならむ(ん)
発きんせう(あばきんしょう) コレサコレサ深くまで

見返り柳 今日越えて
鴉を殺し 酔ひ(よい)もせず
堕ちんせう(おちんしょう) わつち(わっち)と
イロハニホヘト アクマデモ






【歌詞の内容についての解説】


アナタ
通常、遊女がお客さんを呼ぶ時は「主様(ぬしさま)」と言ったりするのですが、ここは敢えて『アナタ』のままにしました。

膝突キテ
『膝を突く』という慣用句で、意味は【倒れ込んだりして膝を地面や床に着ける。また、敬意を表してひざまずく】というものです。原曲の『従順』という言葉から導きました。

呪ヒ
自由の利かない遊女たちは、様々なおまじないを考え出しました。
『好きな人が浮気をしないように』や『会いたい人に会えるように』などなど。
また、それとは別に、恋する相手に対して『心だけはあなたのもの』という思いを伝えるために、腕に『○○様命』というような刺青を彫ったり、自分の髪を相手に切らせて渡したりもしました。もっと凄い人は自分の指を切って渡したり。(これもうヤンデレの域っすね。)
これらは、遊女が進んでやることもあれば、客に強いられることもあったようです。
原曲の『鎖』を、上記の『まじない』に当て嵌めてみました。

愛クロシキ
『愛くるしい』の転。近松門左衛門の作品にも見られる表現なので使用しました。

発きんせう
『暴く』と同じ意味です。こちらの表記の方が古めかしいので、こちらを使用しています。

酔ひもせず
通常、『いろは歌』の場合は『えいもせず』という読みになりますが、こちらは原曲で『よいもせず』と読んでいるのでその通りにしています。

三冬ニ咲ケト乞フナラ
椿の花について調べた時に、この花は冬に咲くものと春に咲くものがあると知りました。
この曲の中では冬に咲く早咲きの椿のことを言っているのだろうと思ったので、季節を特定する言葉を入れて、より季節感を出せたらと思いました。
『三冬』は【冬の3か月。陰暦10月・11月・12月】という意味です。

オツセエス
これは『おっせえす』と読みます。
郭言葉で『おっしゃる』という意味です。敬語ですねぇ。

鳴かぬ蛍が 身を焦がしても
こちらには、
恋に焦がれて鳴く蝉よりも 鳴かぬ蛍が身を焦がす
という都々逸を入れ込んでいます。ご存知の方も多いでしょうか。

それだけぢや 足りぬ狂い獅子
こちらには、
金の屏風に墨絵の牡丹 中に二人の狂い獅子
という都々逸を入れ込んでいます。これ、解説すんの野暮、ですよねえ(笑)
ですが、えーと、江戸時代初心者様向けガイドをちょっと書くと、吉原のお座敷の、お布団が敷いてあるとこにね、屏風があるんですよ。で、そこには絵が描いてあるわけですけども、その中に描かれている獅子と、遊女と客との関係を重ねているのだと思います。
……Twitterで、杏ノ助が、『いろは唄の歌詞かなりドッキン恋だよ!』って言っていた意味が伝わったかなと思います(笑)

やつしんせう 恋に焦がれて
『やつしんしょう 恋に焦がれて』と読む箇所ですが、この『やつす』は、『窶す』とも書き、【やせるほど思い込む。顔形が変わるほど、一つのことに夢中になる】という意味を持っています。
そして、解説を順に読んで下さった方はお分かりかと思いますが、『恋に焦がれて』は、先ほどの『恋に焦がれて鳴く蝉よりも』の都々逸を再度引用しています。
『作り事』の世界の中での駆け引きのはずが、どんどん本気になってしまう心情を表現したいなと思いました。

惚れて通えど 散りぬるを
こちらには、
惚れて通えば千里も一里 逢わずに帰ればまた千里
という都々逸を入れ込んでいます。この都々逸は『逢わで戻ればまた千里』など、ちょっと違う言い方で伝わったりもしているようですが、綾部はこの言い方が好きなので、こちらでご紹介します。
その都々逸と、『いろは歌』を組み合わせました。
『いろは歌』の細かな品詞分解は割愛しますが、それぞれの元の言葉を踏まえた上で読んでいただくと、『惚れて通えど』と『散りぬるを』の間に『恋の花の色』というものが入れられるかと思います。
この部分をどのような現代語訳(意訳)にしたかは、ぜひ下でご確認ください〜。

我が身誰ぞ 常ならむ
この箇所の元の言葉は『我が世誰ぞ 常ならむ』となります。
『我が世』は『私の世』という意味ですが、『(私が存在している)世の中』という意味になるのだと思います。
この箇所の文法や意味などは解釈が分かれるようですが、私は『我が世誰ぞ 常ならむ』を、
『世の中の誰が常と変わらずにいられるだろうか、そんな人は誰ひとりいない=みんな移り変わっていく』
というように解釈しています。なので、『我が世』を『我が身』にしたことで、
『私たちのこの身は、常と変わらずにいられるだろうか、そんな人は誰ひとりいない=容姿は必ず衰える』
というような意味に解釈して頂けたらと思いました。

コレサコレサ深くまで
これは、分かる人には分かる!かなりギリギリっぽい表現のひとつです(笑)
今回、このお仕事をさせて頂くにあたり、吉原に関する資料を色々と読み、その中でも、取り分けww美人絵と春画を見ました。
春画とは、まぁ、あれです、pixivでいうところの、R18タグが付けられる絵なんですけども。
そこに、漫画のように台詞とかが描かれてるんですが、その台詞をイメージしました。
この『コレサ』は、通常(笑)ですと、『ねえ』とか、『ちょっと』っていう感じの、呼びかけの言葉です(笑)
ってこの解説大丈夫かなー?!ダメなら変えます!スイマセン!!(笑)

見返り柳 今日越えて
この『見返り柳』は、吉原のメインエントランスである『吉原大門』を出たところに立っている柳の木のことです。
現在も台東区千束4丁目に、何代目かの見返り柳さんが立っているようです。
なぜ『見返り柳』と呼ぶかと言うと、その柳の辺りで、吉原で遊んだお客さんが「あーあ…、楽しい時間はあっと言う間だったな…」とか、「次はいつあの子に逢えるだろうか」なんて思って後ろを振り返ったからだそうです。ナルホドネー。
『今日越えて』は、『いろは歌』だと、『有為の奥山(※無常のこの世の中を、道もなく越すに越されぬ深山にたとえた言葉)』を『今日越えて』ということになります。
今回は、『見返り柳』を越えてもらいました。『帰る時にも、来る時にも柳を越える』ということで、『吉原へ通う』という意味にも取って頂けたらと思います。

鴉を殺し 酔ひもせず
こちらには、
三千世界の鴉を殺し 主と朝寝がしてみたい
という都々逸を入れ込んでいます。これは、ご存知の方、多いでしょうか。都々逸の中で一番人気かな?なんて思ってます。
『夜明けを告げる鴉がいなければ、ずっと朝はやってこない。朝が来なければいいのに。あなたとずっと一緒にいたい。でもそれは、無理な話なんだよなぁ』っていう気持ちが込められた都々逸ですねぇ。ちなみに『三千世界』は、【仏教の世界観による広大無辺の世界】だそうです。
続く『酔ひもせず』は、『酔っぱらうこともない』という意味の文章なので、前後を繋げると、『(三千世界の)鴉を殺して、酔っぱらうこともない』という意味になるのですが、この『酔う』は、単に『酒に酔う』の『酔う』ではなく、『何かに気持ちを傾ける』とか『惑う』とか…、『心を惑わす』とか、そういう意味にも解釈できるかと思います。(もちろん、『いろは歌』の『浅き夢見じ』が前提にある上での解釈です)
以上を踏まえると、意訳としては『(夜明けを告げる)三千世界の鴉を殺しても、酔うことはない』というような感じに受け取れるかと思います。更にもう少し補足した感じの意訳は以下にありますので、ご覧頂けたら嬉しいです。

わつちと
『わっち』と読みます。これは、遊女の一人称のひとつです。






以上が、歌詞の大まかな解説です。
様々に解釈の分かれる、暗号とも呼ばれている『いろは歌』の解釈を定めることが、最も大きな作業だった気もしています。
今回、時代を江戸時代と決め、江戸時代の作品に改めて触れてみましたが、江戸っ子って、なんだかみんな、あっけらかんと虚無的なんですよね。
たとえば、江戸っ子が重んじていたものとして『火事と喧嘩』がありますが、どちらも一瞬にして燃え盛って、鎮火した後はどこか虚しい。
『宵越しの銭は持たない』なんて言葉も残っていて、そこからは「明日?あー、来るとは思ってるけど、来なくてもいいように、今日を楽しんだ方がよくね?」みたいなメッセージを感じます。


そんなことも含めての文語調訳でした。
長々とお付き合い頂き、ありがとうございます。
最後に、文語調に訳した歌詞の現代語訳(意訳)を掲載して解説を終わりたいと思います。






【文語調に訳した歌詞の現代語訳(意訳)】


あなたが望まれるのならば
犬のように畳に膝を突いて、
紐に、縄に、呪術にさえ縛られて差し上げましょう。

あるいは子猫のように
愛くるしいあなたを、
指で、足で、唇で、
悦ばせて差し上げましょう。

どちらが先に惚れ込んだかなんて、
言うことも無駄でございます。

花は匂い立つように咲くけれど散ってしまう。
一体、この世に生きる誰が変わらずにいられましょうか。
ですから、さあ、私たちのことを暴きましょう。
もっともっと、向こう側を抉じ開けるように、覗き見るように。

出口の分からない深山のような無常の世の、今日一日を生きる、その中で、
夢など見ないし、ましてや、自制心を失うこともありやしません。
染まりましょう、手練手管であなたの色に。
匂うように咲く花も、どうせ散ってしまうのだから。


例えば早咲きの椿のように、
冬のさなかに咲くことを求められるのならば、
雪にでも霜にでも、
この身を晒して生きましょう。

あるいは、薔薇が散る様を見たいとおっしゃるのならば、
首に、髪に、香りを纏わせて逝きましょう。

恋に焦がれて鳴く蝉よりも、鳴かぬ蛍が身を焦がす。
部屋の調度を眺めてみれば、金の屏風に墨絵の牡丹、中に二人の狂い獅子。
蛍のようにこの身を焦がし続けても、それだけじゃあ、もう、物足りないの。

花は匂い立つように咲くけれど散ってしまう。
一体、この世に生きる誰が変わらずにいられましょうか。
ですから、さあ、私たちのことを暴きましょう。
もっともっと、向こう側を抉じ開けるように、覗き見るように。

出口の分からない深山のような無常の世の、今日一日を生きる、その中で、
夢など見ないし、ましてや、自制心を失うこともありやしません。
アヽ、手練手管と知っていながら、恋に焦がれて面やつれ。


誰かに心底惚れて、この吉原に通ったとて、いずれ恋の花は散ってしまうと言うのに。
この世の中で、衰えない容姿などありましょうか。
ですから、さあ、私たちのことを暴きましょう。
夜の帳を下ろして、屏風の陰で、極彩色の布団の上で。

大門の前にある見返り柳を今日も越えて、またこの世界へとやって来ても、
夜明けを告げる三千世界の鴉を殺し尽くしても、どこかで夢が覚めることを知っている。
ですから、堕ちてしまいましょうよ、ねえ、この私と。
恋の花は匂い立つように咲くけれど、終わりを知ってはいるけれど、
あなたとわたしの二人きりで、どこまでも。






最後に、ご本家様の動画をご紹介して終わりたいと思います。
ありがとうございました。










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