花窈堂

『邦楽アレンジシリーズ』の歌詞文語アレンジの人:萬月邸の作詞担当・芙雪(綾部ふゆ)のブログです。

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『和楽・紅一葉』歌詞解説と意訳|文語調歌詞担当:綾部ふゆ

Posted by 芙雪(綾部ふゆ) on

 
こちらの記事には、11月21日にavexより発売されました『和楽花道中 杵家七三社中 傑作撰~ボカロ曲を演奏して戴いた~』に収録されております『和楽・紅一葉』の歌詞の意訳と解説を掲載しています。
原曲と比較して楽しんで頂けたら嬉しいです。
歌詞の文語訳を快諾して下さいました黒うさP様に、改めて御礼申し上げます。






今回は、歌詞アレンジのテーマに「大正浪漫」というものを盛り込みました。
黒うさPさんのイメージは「昭和とかその位」とのことで、大正浪漫の香りが色濃く残る昭和初期辺りも視野に入れています〜。
もちろん、『原曲の世界観やメッセージ性を保持する』というテーマが前提としてあるのですが、それに加えての新たな試みでした。
大正時代は、明治時代に起こった「言文一致運動」が浸透していき、書き言葉としての口語体が広がりを見せた時代です。
なので、『和楽・紅一葉』も、そんな風に、ちょっと文語、全体的に口語な雰囲気にしてみました。
同時代の詩人、作家らの文体を参考にしています。
『和楽・いろは唄』が江戸時代の郭言葉による恋の駆け引きだったので、こちらは原曲の通りにぴゅあっぴゅあな悲恋を目指しました。
上記の理由から、今回は解説も意訳もあまり必要ないかな〜?なんて思ってもおりますが、ご興味のある方は是非どうぞ。


今回も、まず初めに『和楽・紅一葉』の歌詞を掲載した後に解説を書かせて頂き、最後に意訳を掲載したいと思います〜。






『和楽花道中 杵家七三社中 傑作撰~ボカロ曲を演奏して戴いた~』収録
【和楽・紅一葉(振り仮名付き)】歌詞



吹きし恋風 ひらりはらはら
君の肩ごしに紅一葉
たゞ(ただ)寄り添へ(え)ば 心通ふ(う)と
薄雲のはたてに物ぞ思ふ(う)

瓦斯灯が照らしてた 遠くの笛の音 御神楽太鼓
ありふれた幸せは 銀座の柳が見てゐ(い)ました

いつか話さう(そう) 出会へ(え)た喜び
淡き愛しさ 知らずにゐ(い)た

吹きし恋風 ひらりはらはら
君の肩ごしに紅一葉
たゞ(ただ)寄り添へ(え)ば 心通ふ(う)と
薄雲のはたてに物ぞ思ふ(う)

穏やかに流れゆけど 時なく映ろふ(うつろう)誘ひ(い)し火影
過ぎ去りしものは全て 私の傍(かたえ)を離れません

日々を漂ひ(い) 願ひ(い)よ届けと
両の手合はせて(わせて) 落つる涙

胸に秘めたる 思ひ(い)出がある
君の肩ごし 桜紅葉
から紅に 水くゝる今 この愛を 永久に捧ぐ

吹きし恋風 ひらり舞ひ(い)散れ
今宵暗夜(あんや)を 紅く染めて
たゞ(ただ)寄り添つて(そって) 抱かれてゐ(い)たい
悲しみが 空に消えるまで






【歌詞の内容についての解説】


恋風(こいかぜ)
この言葉は『恋心のせつなさを、風が身に染みるのにたとえていう語』です。
こちらの意味に加えて、小杉天外(こすぎてんがい)という作家が明治36年に発表した、女学生・初野ちゃんが主人公の悲恋物語『魔風恋風(まかぜこいかぜ)』から単語をもらいました。
大和和紀先生の『はいからさんが通る』という漫画で定着した「リボンに矢絣(やがすり)の着物に海老茶袴、ブーツに自転車」という、明治・大正の女学生のイメージが出てきます。
『近代デジタルライブラリー』で読めますし、岩波書店さんからも出ていると思いますので是非。
つ『近代デジタルライブラリー:魔風恋風

薄雲のはたてに物ぞ思ふ
こちらは、平安時代前期の勅撰和歌集『古今和歌集』の484番目の和歌、
『夕暮れは雲のはたてに物ぞ思ふ あまつそらなる人を恋ふとて』
を引用しています。誰が詠んだのかは記録に残っていません。内容からして、恐らく女性だと言われていますが、それも定かではないようです。
意味は『夕暮れ時は、雲の果てへ向かって物思いをする。手の届かない、遥か遠くのあのお方のことを恋い慕って』というものです。
この和歌を見付けた時は不思議な縁を感じたものです。和歌全体の意味が『紅一葉』にぴったりだと思いました。

瓦斯灯
『瓦斯灯/ガス灯』と言えば『大正浪漫』!
大正時代の東京は、公共施設などでガス灯が使われ、街灯が夜を照らしたそうです。
曲中の場所を特に定めているわけではありませんが、近代的な町並みと、江戸時代の面影が残る町並みとが混在していた時代をイメージしました。

銀座の柳
こちらも『大正浪漫』を導く単語として取り入れました。
関東大震災前である大正10年に銀座の車道の拡大に伴い柳が撤去されたようですが、それまでは柳が数多く植わっていたそうです。その後、大正浪漫の華やかさを未だ引き継ぐ昭和7年に、銀座を彩るシンボルとして二代目の柳が植えられ、その景色が多くの流行歌に取り入れられました。
『銀座の柳』については、中央区観光協会様や、民間の団体などが支援活動をしているようです。

から紅に 水くゝる今
こちらも『古今和歌集』に収められている在原業平(ありわらのなりひら)の和歌、
ちはやぶる神代もきかず竜田川 からくれなゐに水くくるとは
を引用しています。こちらの和歌はご存知の方もとても多いと思います。
平安時代初期のプレイボーイ、業平殿の才覚が余すところなく発揮されている歌ですよねぇ。
意味は『数々の不可思議なことが起こったとされている神々の時代ですら聞いたことがない。奈良の竜田川が、鮮やかな紅色の紅葉を水面に浮かべて(あるいは水面に映して)、水を絞り染めにするだなんて』という感じです。
ですので、こちらを引用したことによって、『桜紅葉が川の水を絞り染めにしている今』と解釈して頂けると嬉しいです。
ぴゅあな悲恋にこのザ・プレイボーイの歌を引用したのは、業平が、かつての恋人・藤原高子(ふじわらのたかいこ)に向けて詠んだという説があるためです。
この時、高子は既に時の帝の側室となり、二人の間には皇太子がいました。
いくらなんでも皇太子の母になった彼女に手は出すまい……と思うわけで、この時点で高子とは別れていたはずです。
そんな中で、美しい屏風を見ながら高子の前でこの歌を詠んだのですが、もしも彼が高子との関係を歌にさり気なく詠み込んでいたとしたら、鋭い機知による、かつての恋人に向けた真摯な歌かもしれないな、なんて思ったのです。
もちろん、真相はタイムマシンにお願いな感じですが(笑)、そんなことも含めて楽しんで頂けたら嬉しいです。

今宵暗夜を 紅く染めて
原曲では『暗夜』の部分が『闇夜』となっていますが、こちらは大正時代に発表された志賀直哉の長編小説『暗夜行路』から単語をもらいました。
小説の内容は『紅一葉』にリンクしないのですが、時代感を出したかったので引用しました。






以上が、歌詞の大まかな解説です。
お楽しみ頂けたなら嬉しいです。
では最後に、歌詞の意訳を掲載し、原曲の動画のご紹介などをして終えたいと思います。







【文語調に訳した歌詞の現代語訳(意訳)】


秋風のような恋心が舞い上がって、ひらひらとはらはらと、
君の肩越しで、恋風に乗った紅葉が散っていきます。
ただ君に寄り添えば、気持ちが通じるのではないかと、
(『古今和歌集』にある読み人知らずの歌『夕暮れは雲のはたてに物ぞ思ふ』のように)
薄く広がっている雲の果てへ向かって物思いをします。


瓦斯灯が照らしていた、遠くで鳴る笛の音と、お神楽太鼓が響くお祭り。
ありふれた幸せは、銀座の柳が見ていました。

いつか話そう、君に出会えた喜びを。
胸に灯る淡い愛しさを、知らずにいました。

秋風のような恋心が舞い上がって、ひらひらとはらはらと、
君の肩越しで、恋風に乗った紅葉が散っていきます。
ただ君に寄り添えば、気持ちが通じるのではないかと、
(『古今和歌集』にある読み人知らずの歌『夕暮れは雲のはたてに物ぞ思ふ』のように)
薄く広がっている雲の果てへ向かって物思いをします。


穏やかに流れてゆくけれど、絶えず私の前に立ち現れる彼の火影。
物事は移り変わって、過ぎ去ってしまうけれど、
それらは常に私の傍にあり続けます。

日々を漂いながら、願いよ、どうか君に届けと、
両手を合わせたら涙が零れました。


誰にも言えない思い出が、胸の内にあるのです。
君の肩越しに、色づいた私の思いのような桜の紅葉が、ほら。
(在原業平の『ちはやぶる神代もきかず竜田川』の和歌のように)
川を絞り染めにしている今、この愛を永久に捧げます。


秋風のような恋心に巻かれた紅葉、ひらりと舞い散れ。
今宵、暗い夜を紅に染めながら。
ただ寄り添って、抱かれていたい。
悲しみが空に消えるまで、ずっと、ずっと。






長々とお付き合い頂きありがとうございました!
最後に、原曲の『紅一葉』の動画をご紹介したいと思います。











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『和楽・いろは唄』歌詞意訳と解説|文語調歌詞担当:綾部ふゆ

Posted by 芙雪(綾部ふゆ) on

 
こちらの記事には、11月21日にavexより発売されました『和楽花道中 杵家七三社中 傑作撰~ボカロ曲を演奏して戴いた~』に収録されております『和楽・いろは唄』の歌詞の意訳と解説を掲載しています。
発売日から少し遅れての発表ではありますが、原曲と比較して楽しんで頂けたら嬉しいです。
歌詞の文語訳を快諾して下さいました銀サク様に改めて御礼申し上げます。






さて!今回も、いつものようにかなり長くなると思います!
皆さん、飲み物とかおやつとか用意してのんびりお付き合い下さいませー。


まずは、どのような意図で文語調に訳したのかという説明から。


今回は、いつもと同じく『原曲の世界観を保持する』というテーマの他に、『遊郭での色恋』というテーマを盛り込もうという事になりました。
原曲がとにかくフェティッシュでエロティシズム溢れるものなので、その雰囲気や勢いをなくさず、和楽の音色に合い、かつ、面白い要素を……と考えた結果です。
曲を聴いて下さった方は「なんじゃこりゃ?フシギな言葉遣いだなー」と思われたかと思います。
あれは、江戸時代から昭和32年まで東京に存在した遊郭『吉原遊郭(以下吉原と呼びます)』で働いていた女性たちが江戸時代に使用していた言葉遣いなんです。
例えば、『私の名前は鏡音でございます』は、『わっちの名は鏡音でござんす』になります。
ちょっとこう、なんと言いましょうか、気が強そうだけどしなっとしている、ぞくぞくするような言葉遣いなんですねぇ。
細かく見ていくと、時代によって一人称や言い回しにも違いがあったりするのですが、今回は江戸時代の戯作者(※江戸時代後期の通俗小説を書く人のこと)であり浮世絵師でもあった山東京伝(さんとうきょうでん)の『傾城買四十八手(けいせいかいしじゅうはって)』を参考にしてみました。
この言葉遣いは『ありんす言葉』や『郭言葉(くるわことば)』などと呼ばれています。
もっとザックリと端的に言うと、この言葉遣いは、特別な空間で、ふりふりのメイドさんに「お帰りなさいませ、ご主人さまっ(はあと)」と言われるとテンションが上がるのと同じ作用があるものです。


吉原は遊郭ですから、もちろん、男性がお金で一夜の恋人を買うというシステムです。
働く女性(遊女、女郎とも呼ばれます)たちにはランクがあったり、所属している見世(みせ)によって個性があったりするわけですが、共通する認識というか、遊郭での鉄則は、『お客とガチな恋はしない』というものでした。
なぜなら、彼女たちは見世に借金があったからです。それを返すまでは、郭の外には出られません。
もしも本気で恋をして駆け落ちや心中などをされると見世は大いに困ります。なので、色んな掟を作りました。
全ては作り事、だからこそ、最高に楽しく艶っぽい一夜をと、双方が頑張ります。
お客は、見世側が提示する色んなルールや作法などを頑張って乗り越え、かなりの大金を払って一夜を過ごすわけですから、そりゃあもう気合い入りまくり、カッコつけまくりという状況です。
お客側は、相手がプロであることや、お座敷の中での出来事が全部『作り事』であるということをもちろん心得ていますが、そこはホラ!やっぱ、カワイー子の一番になりたくなっちゃうじゃないですか!だって一晩一緒に過ごすんだもの!
『仕事とか関係ないです。好きになっちゃいました…』とか、『べ、別に、本気になったとか、そんなんじゃないんだからねっ///』とか、そういう関係になりたくなるわけで、心理的な駆け引きをしたり、プレゼント攻撃をしたり、とにかく通い詰めたりするわけですね。
そういう時間の中で、お互いに本気になっちゃうカップルもおりまして、遊女の借金がなくなり、晴れて夫婦に!なんていう人々もいたかと思いますが、そういうハッピーエンドな感じはそんなに多くなかったと思います。
本当に好きな人がいるのに、別の男性と一夜を過ごさなければならない女性の感情や、好きな子を郭から連れ出したくても連れ出せない男性の感情を考えると、溜息が落ちてしまいますねぇ。

そんな複雑で濃密な時間が吉原の中には流れており、互いの意地やプライド、見栄や悲しみ、苦しみ、心意気が大輪の牡丹や藤の花のように咲き乱れました。
売れっ子遊女たちの服装や髪型、化粧法などが流行したりもしたようです。今でいう、芸能人やモデルさんのような立ち位置ですかねぇ。
もちろん、男性たちも、めいっぱい見栄を張り合ったに違いありません。
ファッションはもちろんのこと、仕草や振る舞い、髪型、好きな音楽や趣味に至るまで、あれやこれやと自分を磨く人々もいたと思います。
(好きな子や気になる子の前で、つい見栄を張って大人っぽい映画の話をしちゃうとか、趣味の話題をとことん復習しとくとか、そういう気持ちだったと思うのです)
吉原から生まれた文化が、江戸の文化の繁栄に一役買ったことは言い過ぎではないかと思います。


今回は、そんな世界に視点を定めてみました。
また、今回は郭言葉の他にもうひとつ、江戸時代後期から明治時代にかけて大流行した俗曲、『都々逸(どどいつ)』をちりばめています。これは、元々は三味線と共にお座敷内で披露されるものでした。『七・七・七・五』の音数律をベースに、男女の色恋をテーマにしたものが数多く作られました。
どこにその都々逸が入っているのかは以下でお話ししたいと思います。

便宜上、以下に歌詞の全文を掲載し、その次に細かな言葉の解説、そして最後に、歌詞の意訳を掲載します。
ですが、先述の通り、全体的な意味としては原曲の歌詞の通りです。






『和楽花道中 杵家七三社中 傑作撰~ボカロ曲を演奏して戴いた~』収録
【和楽・いろは唄(振り仮名付き)】歌詞




アナタガ望マルヽ(のぞまるる)ナラ
犬ノヤウニ(ように)膝突キテ
紐ニ縄ニ呪ヒ(まじない)ニ
縛ラレテアゲンセウ(あげんしょう)

アルイハ子猫ノヤウニ(ように)
愛クロシキアナタヲ
指デ足デ唇デ
悦バセテアゲンセウ(あげんしょう)

どちらが先に 溺れたなどと
言ふ(う)ことも 無駄にござんす

色は匂へど(におえど) 散りぬるを
我が世誰(たれ)ぞ 常ならむ(ん)
発きんせう(あばきんしょう) もつともつと(もっともっと)向かう(むこう)まで

有為の奥山 今日越えて
浅き夢見じ 酔ひ(よい)もせず
染まりんせう(そまりんしょう) あなたの色
ハニホヘトチリヌルヲ


例ヘバ(たとえば)椿ノヤウニ(ように)
三冬(みふゆ)ニ咲ケト乞フ(こう)ナラ
雪ニ霜ニ躰ヲ
晒シテ生キンセウ(いきんしょう)

アルイハ薔薇散ル様ヲ
見タイトオツセエスナラ(おっせえすなら)
首ニ髪ニ香リヲ
纏ハセテ(まとわせて)逝キンセウ(いきんしょう)

鳴かぬ蛍が 身を焦がしても
それだけぢや(じゃ) 足りぬ狂い獅子

色は匂へど(におえど) 散りぬるを
我が世誰(たれ)ぞ 常ならむ(ん)
発きんせう(あばきんしょう) もつともつと(もっともっと)向かう(むこう)まで

有為の奥山 今日越えて
浅き夢見じ 酔ひ(よい)もせず
やつしんせう(やつしんしょう) 恋に焦がれて
アヽ(ああ)

惚れて通えど 散りぬるを
我が身誰(たれ)ぞ 常ならむ(ん)
発きんせう(あばきんしょう) コレサコレサ深くまで

見返り柳 今日越えて
鴉を殺し 酔ひ(よい)もせず
堕ちんせう(おちんしょう) わつち(わっち)と
イロハニホヘト アクマデモ






【歌詞の内容についての解説】


アナタ
通常、遊女がお客さんを呼ぶ時は「主様(ぬしさま)」と言ったりするのですが、ここは敢えて『アナタ』のままにしました。

膝突キテ
『膝を突く』という慣用句で、意味は【倒れ込んだりして膝を地面や床に着ける。また、敬意を表してひざまずく】というものです。原曲の『従順』という言葉から導きました。

呪ヒ
自由の利かない遊女たちは、様々なおまじないを考え出しました。
『好きな人が浮気をしないように』や『会いたい人に会えるように』などなど。
また、それとは別に、恋する相手に対して『心だけはあなたのもの』という思いを伝えるために、腕に『○○様命』というような刺青を彫ったり、自分の髪を相手に切らせて渡したりもしました。もっと凄い人は自分の指を切って渡したり。(これもうヤンデレの域っすね。)
これらは、遊女が進んでやることもあれば、客に強いられることもあったようです。
原曲の『鎖』を、上記の『まじない』に当て嵌めてみました。

愛クロシキ
『愛くるしい』の転。近松門左衛門の作品にも見られる表現なので使用しました。

発きんせう
『暴く』と同じ意味です。こちらの表記の方が古めかしいので、こちらを使用しています。

酔ひもせず
通常、『いろは歌』の場合は『えいもせず』という読みになりますが、こちらは原曲で『よいもせず』と読んでいるのでその通りにしています。

三冬ニ咲ケト乞フナラ
椿の花について調べた時に、この花は冬に咲くものと春に咲くものがあると知りました。
この曲の中では冬に咲く早咲きの椿のことを言っているのだろうと思ったので、季節を特定する言葉を入れて、より季節感を出せたらと思いました。
『三冬』は【冬の3か月。陰暦10月・11月・12月】という意味です。

オツセエス
これは『おっせえす』と読みます。
郭言葉で『おっしゃる』という意味です。敬語ですねぇ。

鳴かぬ蛍が 身を焦がしても
こちらには、
恋に焦がれて鳴く蝉よりも 鳴かぬ蛍が身を焦がす
という都々逸を入れ込んでいます。ご存知の方も多いでしょうか。

それだけぢや 足りぬ狂い獅子
こちらには、
金の屏風に墨絵の牡丹 中に二人の狂い獅子
という都々逸を入れ込んでいます。これ、解説すんの野暮、ですよねえ(笑)
ですが、えーと、江戸時代初心者様向けガイドをちょっと書くと、吉原のお座敷の、お布団が敷いてあるとこにね、屏風があるんですよ。で、そこには絵が描いてあるわけですけども、その中に描かれている獅子と、遊女と客との関係を重ねているのだと思います。
……Twitterで、杏ノ助が、『いろは唄の歌詞かなりドッキン恋だよ!』って言っていた意味が伝わったかなと思います(笑)

やつしんせう 恋に焦がれて
『やつしんしょう 恋に焦がれて』と読む箇所ですが、この『やつす』は、『窶す』とも書き、【やせるほど思い込む。顔形が変わるほど、一つのことに夢中になる】という意味を持っています。
そして、解説を順に読んで下さった方はお分かりかと思いますが、『恋に焦がれて』は、先ほどの『恋に焦がれて鳴く蝉よりも』の都々逸を再度引用しています。
『作り事』の世界の中での駆け引きのはずが、どんどん本気になってしまう心情を表現したいなと思いました。

惚れて通えど 散りぬるを
こちらには、
惚れて通えば千里も一里 逢わずに帰ればまた千里
という都々逸を入れ込んでいます。この都々逸は『逢わで戻ればまた千里』など、ちょっと違う言い方で伝わったりもしているようですが、綾部はこの言い方が好きなので、こちらでご紹介します。
その都々逸と、『いろは歌』を組み合わせました。
『いろは歌』の細かな品詞分解は割愛しますが、それぞれの元の言葉を踏まえた上で読んでいただくと、『惚れて通えど』と『散りぬるを』の間に『恋の花の色』というものが入れられるかと思います。
この部分をどのような現代語訳(意訳)にしたかは、ぜひ下でご確認ください〜。

我が身誰ぞ 常ならむ
この箇所の元の言葉は『我が世誰ぞ 常ならむ』となります。
『我が世』は『私の世』という意味ですが、『(私が存在している)世の中』という意味になるのだと思います。
この箇所の文法や意味などは解釈が分かれるようですが、私は『我が世誰ぞ 常ならむ』を、
『世の中の誰が常と変わらずにいられるだろうか、そんな人は誰ひとりいない=みんな移り変わっていく』
というように解釈しています。なので、『我が世』を『我が身』にしたことで、
『私たちのこの身は、常と変わらずにいられるだろうか、そんな人は誰ひとりいない=容姿は必ず衰える』
というような意味に解釈して頂けたらと思いました。

コレサコレサ深くまで
これは、分かる人には分かる!かなりギリギリっぽい表現のひとつです(笑)
今回、このお仕事をさせて頂くにあたり、吉原に関する資料を色々と読み、その中でも、取り分けww美人絵と春画を見ました。
春画とは、まぁ、あれです、pixivでいうところの、R18タグが付けられる絵なんですけども。
そこに、漫画のように台詞とかが描かれてるんですが、その台詞をイメージしました。
この『コレサ』は、通常(笑)ですと、『ねえ』とか、『ちょっと』っていう感じの、呼びかけの言葉です(笑)
ってこの解説大丈夫かなー?!ダメなら変えます!スイマセン!!(笑)

見返り柳 今日越えて
この『見返り柳』は、吉原のメインエントランスである『吉原大門』を出たところに立っている柳の木のことです。
現在も台東区千束4丁目に、何代目かの見返り柳さんが立っているようです。
なぜ『見返り柳』と呼ぶかと言うと、その柳の辺りで、吉原で遊んだお客さんが「あーあ…、楽しい時間はあっと言う間だったな…」とか、「次はいつあの子に逢えるだろうか」なんて思って後ろを振り返ったからだそうです。ナルホドネー。
『今日越えて』は、『いろは歌』だと、『有為の奥山(※無常のこの世の中を、道もなく越すに越されぬ深山にたとえた言葉)』を『今日越えて』ということになります。
今回は、『見返り柳』を越えてもらいました。『帰る時にも、来る時にも柳を越える』ということで、『吉原へ通う』という意味にも取って頂けたらと思います。

鴉を殺し 酔ひもせず
こちらには、
三千世界の鴉を殺し 主と朝寝がしてみたい
という都々逸を入れ込んでいます。これは、ご存知の方、多いでしょうか。都々逸の中で一番人気かな?なんて思ってます。
『夜明けを告げる鴉がいなければ、ずっと朝はやってこない。朝が来なければいいのに。あなたとずっと一緒にいたい。でもそれは、無理な話なんだよなぁ』っていう気持ちが込められた都々逸ですねぇ。ちなみに『三千世界』は、【仏教の世界観による広大無辺の世界】だそうです。
続く『酔ひもせず』は、『酔っぱらうこともない』という意味の文章なので、前後を繋げると、『(三千世界の)鴉を殺して、酔っぱらうこともない』という意味になるのですが、この『酔う』は、単に『酒に酔う』の『酔う』ではなく、『何かに気持ちを傾ける』とか『惑う』とか…、『心を惑わす』とか、そういう意味にも解釈できるかと思います。(もちろん、『いろは歌』の『浅き夢見じ』が前提にある上での解釈です)
以上を踏まえると、意訳としては『(夜明けを告げる)三千世界の鴉を殺しても、酔うことはない』というような感じに受け取れるかと思います。更にもう少し補足した感じの意訳は以下にありますので、ご覧頂けたら嬉しいです。

わつちと
『わっち』と読みます。これは、遊女の一人称のひとつです。






以上が、歌詞の大まかな解説です。
様々に解釈の分かれる、暗号とも呼ばれている『いろは歌』の解釈を定めることが、最も大きな作業だった気もしています。
今回、時代を江戸時代と決め、江戸時代の作品に改めて触れてみましたが、江戸っ子って、なんだかみんな、あっけらかんと虚無的なんですよね。
たとえば、江戸っ子が重んじていたものとして『火事と喧嘩』がありますが、どちらも一瞬にして燃え盛って、鎮火した後はどこか虚しい。
『宵越しの銭は持たない』なんて言葉も残っていて、そこからは「明日?あー、来るとは思ってるけど、来なくてもいいように、今日を楽しんだ方がよくね?」みたいなメッセージを感じます。


そんなことも含めての文語調訳でした。
長々とお付き合い頂き、ありがとうございます。
最後に、文語調に訳した歌詞の現代語訳(意訳)を掲載して解説を終わりたいと思います。






【文語調に訳した歌詞の現代語訳(意訳)】


あなたが望まれるのならば
犬のように畳に膝を突いて、
紐に、縄に、呪術にさえ縛られて差し上げましょう。

あるいは子猫のように
愛くるしいあなたを、
指で、足で、唇で、
悦ばせて差し上げましょう。

どちらが先に惚れ込んだかなんて、
言うことも無駄でございます。

花は匂い立つように咲くけれど散ってしまう。
一体、この世に生きる誰が変わらずにいられましょうか。
ですから、さあ、私たちのことを暴きましょう。
もっともっと、向こう側を抉じ開けるように、覗き見るように。

出口の分からない深山のような無常の世の、今日一日を生きる、その中で、
夢など見ないし、ましてや、自制心を失うこともありやしません。
染まりましょう、手練手管であなたの色に。
匂うように咲く花も、どうせ散ってしまうのだから。


例えば早咲きの椿のように、
冬のさなかに咲くことを求められるのならば、
雪にでも霜にでも、
この身を晒して生きましょう。

あるいは、薔薇が散る様を見たいとおっしゃるのならば、
首に、髪に、香りを纏わせて逝きましょう。

恋に焦がれて鳴く蝉よりも、鳴かぬ蛍が身を焦がす。
部屋の調度を眺めてみれば、金の屏風に墨絵の牡丹、中に二人の狂い獅子。
蛍のようにこの身を焦がし続けても、それだけじゃあ、もう、物足りないの。

花は匂い立つように咲くけれど散ってしまう。
一体、この世に生きる誰が変わらずにいられましょうか。
ですから、さあ、私たちのことを暴きましょう。
もっともっと、向こう側を抉じ開けるように、覗き見るように。

出口の分からない深山のような無常の世の、今日一日を生きる、その中で、
夢など見ないし、ましてや、自制心を失うこともありやしません。
アヽ、手練手管と知っていながら、恋に焦がれて面やつれ。


誰かに心底惚れて、この吉原に通ったとて、いずれ恋の花は散ってしまうと言うのに。
この世の中で、衰えない容姿などありましょうか。
ですから、さあ、私たちのことを暴きましょう。
夜の帳を下ろして、屏風の陰で、極彩色の布団の上で。

大門の前にある見返り柳を今日も越えて、またこの世界へとやって来ても、
夜明けを告げる三千世界の鴉を殺し尽くしても、どこかで夢が覚めることを知っている。
ですから、堕ちてしまいましょうよ、ねえ、この私と。
恋の花は匂い立つように咲くけれど、終わりを知ってはいるけれど、
あなたとわたしの二人きりで、どこまでも。






最後に、ご本家様の動画をご紹介して終わりたいと思います。
ありがとうございました。










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「悪ノ召使」文語調歌詞解説|歌詞文語訳・文担当:綾部ふゆ

Posted by 芙雪(綾部ふゆ) on   0 trackback

 




本日、ニコニコ動画に新作動画がUPされました!
鏡音レンくんの名曲「悪ノ召使」、クラシカルアレンジ・文語歌詞バージョンです。
御本家様の世界観の悲しさや美しさ、潔さに惚れ、
更に、今回使用させて頂いたアニメーションとクラシカルアレンジに感激して、
各P様から許可を頂きつつ、杏ノ助と少しずつ、かつダイタンに!進めていった企画でした。

今回は、全体的にヨーロッパのお伽噺のようなイメージの曲でしたので、
歌詞も、明治~昭和初期のような、近代的な文語を目指しました。
当時、海外からやってきた童話や詩集などを翻訳した文語のものがありますよね。
あんなイメージです。
(具体的に言うと、大正時代の児童向け雑誌「赤い鳥」のイメージだったりします。「はいからさん」の時代の子供達が読んでた絵本や雑誌のイメージです~)
と、言うことで、今回は、主に大好きな西条八十先生の詩集を参考にして、時代考証を行っています。

更に、初の試みとして、声優兼役者の友人・亀田理紗ちゃんに語りを入れて貰いました。
冒頭の言葉は「主の祈り」を抜粋しました。
キリスト教的な思想が織り成す複雑な世界観を、動画に凝縮したつもりです。


さてさて!それでは、
\毎度恒例、綾部の文語歌詞解説がはじまりますよーッ!/
今回は、兎に角原曲の意を損ねないように注意して訳しましたので、
解説なしでご覧になっても意味が直ぐにお分かりになると思います。
なので、先ずは歌詞と語りの文を全文掲載し、
一応、ココこだわってますよ!という部分をちょこっとご紹介して、
最後に、文語訳した歌詞を意訳したものを載せてみようと思います。
今回は意訳は不要かなーと思ったのですが、
文語訳も直訳(逐語訳)ではないので、敢えて載せてみます。

宜しくお付き合い下さいませー!






「悪ノ召使」文語調歌詞


天にまします我らの父よ
我らに罪を犯す者を我らが赦す如く我らの罪をも赦し給へ
我らを試みに遭はせず悪より救ひ出だし給へ
國と力と榮えとは限りなく汝のものなればなり



汝は王女 我は召使
定め分かちし あはれなる雙子
汝を守る その為ならば
我は惡にさへ成りゆかむ


むかしむかし、あるところに、齢十四にして国を統べる王女になった娘がおりました。
娘には、顔のよく似た弟がおりましたが、
幼い頃に生き別れ、別々の道を歩むことを余儀なくされました。

大人達の思惑によって、娘は、可憐な独裁者へと育て上げられたのです。



祈りの中我らは生まれぬ
祝福するは鐘樓(しょうろう)の鐘
大人達の思惑どほり
我らの未來は二つになれり

たとへ世界の總てが
汝の敵(てき)に變じようとも
我が汝を守るから
汝は其處で笑ひ給へ

汝は王女 我は召使
定め分かちし あはれなる雙子
汝を守る その為ならば
ああゝ惡にさへ成りゆかむ

異國を尋ねし折りに見し
翡翠の髪の優美な彼女
その優しげな聲と笑顔に
一目で我の心亂るる

されど王女が彼女のこと
“肉骸(むくろ)にせばや”と願ふなら
我はそれに應へよう
なにゆゑ涙の流れたる

汝は王女 我は召使
定め分かちし 狂ほしき雙子
「けふの御菓子はブリオツシユです」
汝は笑ふ 無邪氣なまでに

もうすぐこの國は終はるだらう
怒れる國民達の手で
これも因果だと言ふのならば
我は敢へてそれに背かむ

「わたくしの服をお召し下さい」
「召したまま疾く異郷の地へ」
“我らの罪をも赦し給へ”
“惡より救ひ出だし給へ”

(──AMEN.)

我は王女 汝は逃亡者
定め分かちし 悲しき雙子
汝を惡だと言ふならば
我とて血を分けし姉弟ぞ

むかしむかしあるところに
惡逆無道(あくぎゃくぶどう)の王國の
頂(いただき)より睥睨(へいげい)せしは
いとど愛しき我の姉君

たとへ世界の總てが(つひにその時はやつてきた)
汝の敵(てき)に變じようとも(終はりを告げし鐘の鳴る)
我が汝を守るから(民衆などには目もくれず)
汝はどこかで笑ひ給へ(君は妾(わらわ)の口癖を言ふ)


二人がこの世に生まれ落ちたのは、
神の悪戯なのでしょうか。
……いいえ、天にまします我らの父が、
そのような気紛れを起こされるはずがございません。

きっと、これは、我らの父がお与えになった試練なのでしょう。

「悪逆の王女」と怖れられている姉と、
王女を守るために、召使いとなった弟。
二人の悲しく狂おしい物語は、これにて──。







【歌詞の解説】


語りと歌詞が、それぞれ口語と文語なのはナゼ?
明治に「言文一致運動」が行われるまでは、話し言葉と書き言葉が大きく違うということを踏まえてみました。
文語は、平安時代に完成したと言える言葉遣いで、皆さんもお馴染みの「悪より救ひ出だし給へ」というような、
今の言葉とはちょっと違う文法で書かれる言葉ですね。
今では不思議なカンジもしますが、明治時代までは、話し言葉と書き言葉が違う文法だったのです。
なので、今回はそれをイメージしてみました。
亀ちゃんの語りのテロップを動画の中に入れなかったのは、こういう理由からです。

我は惡にさへ成りゆかむ
「成りゆく」は「次第にある状態に移っていく」という意味の言葉だそうです。
原曲では「なってやる」という歌詞ですが、
レンくんの決意の確かさや時間の流れも込められたらと思い、
「直ぐに悪になる」というようなニュアンスではなく、
次第に移り変わっていく、というような言葉を選びました。

我らは生まれぬ
パッと見聞きすると、「私たちは生まれない!」という、打ち消しの言葉のように感じますが、
この「ぬ」は、完了の助動詞の終止形です。
『源氏物語(桐壺)』の「世になく清らなる玉の男御子さえ、生まれ給ひ『ぬ』」と同じ用法で使用してます。
ざっくり言うと、「生まれてしまった」というかんじでしょうか。

祝福するは鐘樓の鐘
「鐘楼」という言葉から、近代的な雰囲気を感じ取ってもらえればと思い採用しました。

肉骸にせばや
この「肉骸」という言葉は、八十さんの詩集に度々登場する単語でして、
八十さんの造語かもしれませんし、当時は共通の言葉として成立していたものかもしれません。
アイマイで申し訳ないのですが、なんにせよ、非常に生々しい感じがして気に入っています。

「けふの御菓子はブリオツシユです」
ホラ…、「目からブリオッシュ」って言うタグがさ…好きでさ…(チラッ チラッ
と言う冗談はさておき。
冒頭の通り、今回のイメージが、
「西洋の御伽話を翻訳したもの」ですので、
敢えて単語をそのままにしています。
横文字の言葉と歴史的仮名遣いが合わさった際の、
不思議な魅力に少しでも触れて頂けたなら嬉しいです。

「わたくしの服をお召し下さい」
「召したまま疾く異郷の地へ」
“我らの罪をも赦し給へ”
“惡より救ひ出だし給へ”

最大の見せ場に、敢えて「主の祈り」を入れたのは、
この曲の表題でもある「悪」とはなんだろう?という思いからでした。
この物語の世界は、厳密に言えばキリスト教的な世界とは別かもしれませんが、
仮にそうだとした時に、
王女にとっての悪、
召使にとっての悪、
姉と弟にとっての悪、
大人達や民衆にとっての悪、
これらは全て、違うものだと思うんです。
でも、これらの「悪」にそれぞれが立ち向かおうとした時に、
縋ったりするのが、ただひとつの「神」というところに、
私はなんだか、とっても複雑な思いを抱きました。
一神教を否定している訳ではありませんが、
「それって、人々にとってどういうことなんだろう」
という問いを、この動画を通して伝えてみたかった思いがあります。

悪逆無道
「悪逆非道」の類義語です。
そのままでも良かったのですが、文語萌え根性を丸出しにしてみました。
少なくとも鎌倉時代にはあった言葉なので使用しています。

いとど愛しき
「いとど」は、「いとをかし」の「いと」が重なったものです。
なので、「もんのッすっごく愛おしい!」という意味になります。
杏ノ助も、ここはぐっと気持ちを込めて歌ってくれています。






【「悪ノ召使」文語歌詞の意訳】


君は王女 僕は召使
あわれな運命を背負った双子
君を守る その為ならば
僕は時間をかけて、確実に、確かに、悪に成りゆこう


祈りの中僕らは生まれてしまった
祝福するのは、鐘楼の鐘の音
大人達の思惑通り
僕らの未来は二つに分かれてしまった

たとえ世界の全てが
君の敵に変わることがあるとしても
僕が君を守るから
君はそこで、どうぞ笑っていて

君は王女 僕は召使
あわれな運命を背負った双子
君を守る その為ならば
ああ、僕は、時間をかけて、確実に、確かに、悪に成りゆこう


外国を訪れた時に見た
翡翠色の髪の、美しくて上品なあの子
その優しげな声と笑顔に
一目で僕は恋に落ちた

でも、王女が彼女のことを
“亡き者にしたい”と願うなら、
僕はそれに応えよう
どうして、涙が零れるのだろう?

君は王女 僕は召使
狂おしい運命を背負った双子
「今日のお菓子はブリオッシュです」
そう言うと、
君は笑うんだ。とても無邪気に


もうすぐこの国は終わるだろう
怒れる国民達の手によって
これも悪行の報いだと言うのなら、
僕は敢えて、それに背こう

「わたくしの服をお召し下さい」
「召したまま、一刻も早く遠い土地へ」
“我らの罪をも赦し給え”
“悪より救い出だし給え”


(──AMEN.)


僕は王女 君は逃亡者
悲しい運命を背負った双子
君を悪だと言うのなら、
血を分けた弟の僕だって、悪なんだ。


むかしむかし、あるところに
悪逆の限りを尽くした王国の、
頂点から天下を睨んでいたのは、
とても、とても愛おしい、僕の姉君。


たとえ世界の全てが
(ついにその時はやってきた)
君の敵に変わることがあるとしても
(終わりを告げる鐘が鳴っている)
僕が君を守るから
(民衆などには目もくれず)
君はどこかで、どうぞ笑っていて
(君はわたくしの口癖を言う)






以上です。
最後までお読み下さりありがとうございました!

ちなみに、今回語りを担当してくれた「友達の亀ちゃん」こと亀田理紗ちゃんは、
声優さんとして活動されてます。
それと同時に、声優のイトケンさんこと伊藤健太郎さん主催の劇団K-Showに所属し、
役者としても活動されてますー。
是非Twitter、ブログへどうぞ!亀ちゃん、今日もええ声やでー!

>>亀ちゃんのTwitterとBLOG「Turtle Days」<<

そして最後に、ご本家様の動画をご紹介して終わりたいと思います。
ありがとうございました。






萬月邸 綾部ふゆ


『和楽・千本櫻』歌詞掲載と解説|文語調歌詞担当:綾部ふゆ

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この度、4月25日にavexさんより発売されますVOCALOID和風曲コンピレーションアルバム「花楽里漫葉集 feat.初音ミク」収録曲、『和楽・千本櫻』の歌詞を担当させて頂きました。
まずは歌詞の文語訳を快諾して下さいました黒うさP様に、御礼申し上げます。

こちらも「それっぽく歌ってみました- Bad Apple!!-傷林果」の時と同様に、
原曲のイメージを残しつつ文語調に訳しました。
今回は、原曲がハイカラ・レトロモダンなイメージでしたので、
歌詞も明治~大正期の詩歌のような雰囲気を意識しました。
曲の持つ疾走感やリズムなどを重視する必要があることから、
敢えて漢字を多く使用したりしています。

以下、長くなりますが、販売元さん・統括の藤山さんからOKを頂きましたので、
歌詞を全文掲載し、歌詞を直訳に近い形で訳したものと超訳を載せ、
更に、どのような意図で訳したのかという解説を書いていきたいと思います。


原曲をご存知の方は、以下の歌詞をお読み頂いたら、
原曲と意味が同じだと気付かれると思います^^
ですが、綾部なりの言葉遊びも入れているので、そこも楽しんで頂けたら嬉しいです。
では、以下をご覧ください。
(結構長くなるよ!ジュースとかお菓子の用意をオススメするよ!)




「花楽里漫葉集 feat.初音ミク」収録曲
『和楽・千本櫻』歌詞全文



おそれも知らずにハイカラ革命
きはめて(きわめて)磊落(らいらく) 反戦国家
日の丸じるしの自在車まろがし
物の怪調伏(ちょうぶく) 逢ひし弥ゑむ(あいしびえむ)

環状の線(かんじょうのせん)走り出でて(いでて) 南船北馬(なんせんほくば)なんのその
ますらを(ますらお) をとめご(おとめご) 花開く 浮世の随に(まにまに)

千本櫻 小夜ニ入リテ(いりて) 君ノ声モ届カザリキ
此処は宴 刃金(はがね)の織(おり) その断頭台で見下ろせよ

三千世界 常世之闇(とこよのやみ) 嘆キノ唄聞コエザリキ
青藍の空 遥けきかな その光線銃にて打ち抜いて

煙管の雨降るいなせな将校
行きつ戻りつ(ゆきつもどりつ)の花魁道中
彼方(あなた)も御許(おもと)も諸人(もろひと)寄り合へ(よりあえ)
三味線(さみせん) 邦楽 人・含・道・善(ひふみよ)
  
禅定の門 潜り抜けて 極楽浄土 厄はらひ(やくはらい) 
定めて仕舞ひ(しまい)は大団円 拍手の合間に

千本櫻 小夜ニ入リテ(いりて) 君ノ声モ届カザリキ
此処は宴 刃金(はがね)の織(おり) その断頭台で見下ろせよ

三千世界 常世之闇(とこよのやみ) 嘆キノ唄聞コエザリキ
曙光(しょこう)の丘 遥けきかな その閃光弾をば打ち上げよ

環状の線(かんじょうのせん)走り出でて(いでて) 南船北馬(なんせんほくば)なんのその
ますらを(ますらお) をとめご(おとめご) 花開く 浮世の随に(まにまに)

千本櫻 小夜ニ入リテ(いりて) 君ノ声モ届カザリキ
此処は宴 刃金(はがね)の織(おり) その断頭台より舞ひ降りて(まいおりて)

千本櫻 小夜ニ入リテ 君が歌ひ(うたい)われ踊らむ(おどらん)
此処は宴 刃金(はがね)の織(おり) サア光線銃をば撃ちまくれ




【『和楽・千本櫻』直訳に近い訳】

おそれも知らないでハイカラ革命
非常に度量が広く、小事にこだわらない 反戦国家
日の丸印が入った自転車を運転して
人にとりついて祟りをする死霊・生き霊・妖怪の類を祈祷によって下す
対面した菩薩・如来が微笑む

環状線を走り出して 各地を忙しく旅することもなんのことはない
立派な、勇気のある男と、若々しい女の美しさや誉れが開花する
つらいことの多い世の中の流れの中で

千本桜 夜になって 君の声も届かなかった
ここは宴 鋼鉄の織物(檻) その断頭台で見下ろせよ

仏教の世界観による広大無辺の世界 死者の行く永遠の世界の闇
嘆きの唄も聞こえなかった
青藍色の空は遥か彼方だなあ その光線銃で打ち抜いて


吸い付けたばこを何人もの遊女から差し出される、粋で洒脱な将校
郭の中を行ったり来たりしている花魁道中
あなた様も、そちらの方も皆で集まって顔を合わせよ
三味線 邦楽 ひふみよ

禅定に至る門を潜り抜けて 極楽浄土 厄払い
必ず最後はめでたく収まる 拍手の合間に

千本桜 夜になって 君の声も届かなかった
ここは宴 鋼鉄の織物(檻) その断頭台で見下ろせよ

仏教の世界観による広大無辺の世界 死者の行く永遠の世界の闇
嘆きの唄も聞こえなかった
物事の前途に見える明るい兆しの丘は遙か彼方だなあ その閃光弾を打ち上げろ

環状線を走り出して 各地を忙しく旅することもなんのことはない
立派な、勇気のある男と、若々しい女の美しさや誉れが開花する
つらいことの多い世の中の流れの中で

千本桜 夜になって 君の声も届かなかった
ここは宴 鋼鉄の織物(檻) その断頭台から舞い降りて

千本桜 夜になって 君が歌い、私が踊ろう
ここは宴 鋼鉄の織物(檻) さあ光線銃を撃ちまくれ




【歌詞の内容についての解説】

自在車
「自転車」という呼称が定着するまでに使用されていた呼称のひとつで、
明治初期の錦絵などに書かれています。自在に操れる車。カワイイです。

物の怪調伏:
「悪霊退散」より「調伏」の方が法力で捩じ伏せている感じがするので、
パワフルな邦楽バージョンに合うかなと思い選びました。

逢ひし弥ゑむ
言わずもがな!「ICBM」の音を借りた言葉遊びです。
造語なのですが「弥」という漢字が「端から端まで及ぶ」という意味の他、
「梵語の音訳字。『弥勒(みろく)/沙弥(しゃみ)・阿弥陀(あみだ)・須弥山(しゅみせん)』を表す」という意味があるようで(前者の場合はビ、後者はミと読ませるようですが…)それを取り入れてみました。
イイトコドリということで、「逢った菩薩/如来が笑む」という意味で解釈して頂けると嬉しいです。
「弥」の「端から端まで及ぶ」という意味が「ICBM」にも掛かるかしら、という思いもありました。

環状の線:
「環状線」は、都市部で交通網が発達した新しい時代に生まれた言葉のようで、
相応の古語がなかなかありませんでした。
このフレーズもリズム重視とのことで、元の言葉を活かして古語風に助詞「の」を入れました。

南船北馬:
「南船北馬」は「東奔西走」の類義語です。
意味は「《中国の南方は川や湖が多いので船を用い、北方には平原や山野が多いので馬に乗るというところから》絶えず旅していること。各地をせわしく旅すること。」ということです。
大陸からの言葉を、自分達なりにアレンジして日本的な文学に昇華させていった奈良時代や平安時代などの人々の手法に倣って、敢えて取り入れました。
牧歌的でありながら、勢いのある良い言葉だと感じています。

なんのその:
「なんのその」は、現代とほぼ同じ意味で近松門左衛門が使用しているようなので、活かしました。

ますらを をとめご 花開く 浮世の隨に:
「ますらを」は「りっぱな男。勇気のある強い男」の意味で、古来から使用されています。全体の意味を考えた時によく合うと思い採用しました。
「をとめご」については、原曲にある「少年少女」のように対義語をもってくるのが良いとは思いましたが、
「ますらお」の対義語は「たおやめ(手弱女※元々、なよなよとしたしなやかな女の意味で、女性を弱いものとしていう語」なので、なんとなく違うなあと…。
原曲の「少年少女戦国無双」の「戦国無双」は「少年少女」どちらも持っている(潜在的・顕在的な)力の比喩かな?と思いましたので、
「おとめ」と同じ意味を持つ「おとめご」にしました。
「花開く」は、「花」という単語に「美しさ・功名・誉れ」の意味を込めました。
「隨に」は「他人の意志や事態の成り行きに任せて行動するさま/ある事柄が、他の事柄の進行とともに行われるさま」と二通りの意味があるようなのですが、本家様の意味的には、前者と後者を足した感じなのかなと思い、
敢えてそのような流れにしてあります。


千本櫻 小夜ニ入リテ 君ノ声モ届カザリキ:
今回は「邦楽アレンジしました!」という思いを題名からも感じて頂ければと思い、曲の中でもとっても重要な「桜」という文字のみを「櫻」表記にしました。
こちらは統括の藤山さんの案によるもので、綾部も非常に気に入っています。
「小夜ニ入リテ」は、「夜ニ紛レ」を「夜になって」と解釈し、訳したものです。
「届カザリキ」は、直接体験の過去を表す助動詞「キ」を使用しています。
原曲のサビが、恋愛もののような、ドラマチックな歌詞なので、
直接体験の助動詞を使用しました。

刃金の織 その断頭台で見下ろせよ:
「刃金」は「刀剣の刃にする鉄。また、刀剣」を示す言葉だそうで、意味は「鋼」のままです。
「織」は、上記の「逢ひし弥ゑむ」と同様、「音を重視する技」です!
「織物」の「織」という字から、雁字搦めなカンジを読み取って頂ければと思います。
次に、原曲にもあります「断頭台」という言葉ですが、
雅やかな世界の言葉とはかけ離れた言葉を敢えて残したのは、冒頭にも書いた通り、この原曲のイメージがハイカラ・レトロモダンなものだったからです。
この歌詞に乗る音楽は邦楽ですが、近代的な言葉を残すことで伝わるものもあるのではないか、そんな風に考えました。
以下に登場する「光線銃」と「閃光弾」も、上記の理由でわざと残しています。


煙管の雨降るいなせな将校:
「煙管の雨降る」とは、歌舞伎の有名な演目「助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)」の命台詞「煙管の雨が降るようだ」から取っています。
具体的に説明すると、遊女達がお見世の格子越しに、好みのお客さんに自分が吸った煙管を差し出して「お相手してくれない?」と呼び掛けることがあるのですが、モテモテないけめんにはその煙管がわんさか差し出されるのです。そんなことを、上記の「助六」さんが「煙管の雨が降る」と表現します。
ご本家様のPVを観た時に、格子越しに吸い付けたばこを沢山渡されているKAITOさんが頭に浮かんだので、このような表現にしてみました。
遊郭でのやりとりを持ってきたことで、次の「花魁道中」に掛かるようにしていたりもします。
ちなみに、「将校」は「軍隊で、少尉以上の武官」という意味で解釈して頂ければと。

彼方も御許も諸人寄り合へ
三味線 邦楽 人・含・道・善:

「彼方」は、現在の「あなた」よりもずっと敬度の高い人称代名詞だそうです。
この用法は江戸時代以降だとか。
「御許」は、「敬愛の気持ちが込められた人称代名詞」だそうで「みんなおいでよ!」という意味になれば良いなぁと思って上記の言葉にしました。
「三味線」を「さみせん」と読むことにしたのは、藤山さんの発案です。
手妻の口上に「さみせん」とあること、こちらの方が古めかしく聞こえる、との理由からです。
「人・含・道・善」は、皆さんもご存知、いわゆる数え歌の「ひふみよ」です。
これは当て字ではなく、実際にこの文字を用いるようです。
物凄く古い祝詞というかおまじないだそうで、一説によると、反魂もできちゃうとかなんとか…。

禅定の門 潜り抜けて 極楽浄土 厄はらひ:
「禅定」は「仏教において、思いを静め、心を明らかにして真正の理を悟るための修行法」だそうです。
「極楽浄土」は「安楽浄土」と類義語です。
ここも盛り上がるところなので、リズムを重視しています。

曙光の丘 遥けきかな その閃光弾をば打ち上げよ:
「曙光」は、「夜明けに、東の空にさしてくる太陽の光」と「物事の前途に見えはじめた明るいきざし」という意味があるとのことで、希望の類義語として扱っています。
このフレーズに「光」という文字が二回出てきますが、
「闇の世界を打ち破れ!」というメッセージ性を強調するために、敢えて文字が重なるのも、歌詞を目にした時に勢いがあっていいかなと考えました。

その断頭台より舞ひ降りて:
「舞ひ降りて」の元の歌詞は「飛び降りて」ですが、
ここは「勢いでその場を離れる」という意味合いの濃い「飛び降りる」よりも、
「意志的に、その場から離れる」という意味に解釈して欲しいので、
「舞う」という動詞を入れました。バッと落っこちるように離れるのではなく、
ひらっ、シュタッ!と離れる余裕というような。

君が歌ひわれ踊らむ:
「君が歌ひわれ踊らむ」は、意志・希望の助動詞「む」を使っています。
訳すと「私が踊ろう」という感じでしょうか。
原曲のイメージを大切に訳しました。




サビのカタカナ表記の部分は、原曲の歌詞の通りにしてあります。
そこも読み比べて、楽しんで頂けたら嬉しいです。

ではでは最後に、文語調の歌詞を超訳したものを載せてみます。
「千本桜」、そして「和楽・千本櫻」の世界に遊んでみちゃってください!




【『和楽・千本櫻』超訳】

何ものも怖れずに、大胆にハイカラ文化を取り入れたのは、
度量が広く、小さなことをくよくよと悩まない反戦国家、我らが日本。
日の丸印の自転車を器用に乗りこなしてみせて、
魑魅魍魎さえ配下に置く。
出逢う菩薩も如来も、みな微笑まれる。
その霊験、すなわち、大陸間弾道弾の如し。

モダンな環状の道を走って、東西南北の移動さえ苦に思わない。
眉目秀麗、凛々しく、理知的な男女の瞳が、才が、花弁のように開くのだ。
この、無常の世の中で。

千本の桜が彩る夜。けれど、君の声さえ届かなかった。
ここは鋼鉄の織物のような、檻のような宴の席。
断頭台さえそこにある。今は進むな、眼下を臨め。

三千世界は、黄泉の国の闇のよう。嘆きの唄も聞こえなかった。
青藍の空は、遥か彼方だ。その手に持っている光で、この場を撃ち抜け。


吸い付けたばこの雨が降る。夜昼女性にモテるのは、粋で洒脱な将校さん。
外八文字(そとはちもんじ※吉原での花魁道中の歩行法)で行ったり来たり。
華やかで臈長けた(ろうたけた※洗練された美しさと気品がある様子)花魁道中。
みんなみんな、集まって顔を合わせて挨拶を交わしましょう。
三味線の音に乗せて、邦楽の調べに合わせて。
古来から受け継がれた数え歌を歌うように、おまじないを唱えるように。

心を明らかにして真正の理を目指すための門をくぐり抜け、
極楽浄土を目指したなら、厄払いとて容易くできる。
必ず、終幕は大団円。
めでたしめでたし。拍手の合間の、あっと言う間の出来事として。

千本の桜が彩る夜。けれど、君の声さえ届かなかった。
ここは鋼鉄の織物のような、檻のような宴の席。
断頭台さえそこにある。今は進むな、眼下を臨め。

三千世界は、黄泉の国の闇のよう。嘆きの唄も聞こえなかった。
明るい兆しを司る丘は、遥か彼方だ。
周りは闇夜。ならば、鋭い閃光を打ち上げろ。

モダンな環状の道を走って、東西南北の移動さえ苦に思わない。
眉目秀麗、凛々しく、理知的な男女の瞳が、才が、花弁のように開くのだ。
この、無常の世の中で。

千本の桜が彩る夜。けれど、君の声さえ届かなかった。
ここは鋼鉄の織物のような、檻のような宴の席。
断頭台に用はない。今だ、そこから舞うように、走るように前へ進め。

千本の桜が、千代に八千代に彩る夜は、君が歌って、僕が踊ろう。
ここは鋼鉄の織物のような、檻のような宴の席。
さあ、光を放て。撃ちまくれ。闇に光を宿すのは、今、この時だ。




最後までお読み頂き、ありがとうございました!
最後に、原曲の『千本桜』の動画をご紹介して解説を終わります。






【萬月邸|綾部ふゆ】


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【それっぽく歌ってみました】邦楽BadApple!!-傷林果-【杏ノ助】の歌詞、なんて言ってるの?

Posted by 芙雪(綾部ふゆ) on   0 trackback

 



改めまして、辺境の地にようこそいらっしゃいました。
この度、【それっぽく歌ってみました】邦楽BadApple!!-傷林果-【杏ノ助】の歌詞を担当させていただきました綾部です。

海外の方だけでなく、日本の皆さまからも歌詞の意味を知りたいというリクエストを多く頂きましたので、
古語の歌詞の説明をゆるゆるとさせていただきたいと思います。

今回、この「歌ってみた」企画が持ち上がってから一気にインスピレーションが湧いてきまして、
数時間で古語の歌詞をつけました。
動画の主コメにも書いてもらったのですが、歌詞の大まかな意味は本家様と同じです。
ですが、私の未熟な語彙の問題で、意訳をして、訳しやすいようにアレンジしていたり、
言葉遊びを入れさせてもらったりしてます。
前置きが長くなりましたが、早速、以下に、
動画に使用した古語の歌詞と、古語の歌詞を現代語訳したものを載せてみます。





Bad Apple!! → 傷林果
※カッコの中は読みがなです

流れゆく時の中にさへ(え) 心憂きものくるくるまは(わ)りて
此方(こなた)より離(か)れける心も見ゆることなし 知らぬわ
おのづ(ず)から動くをよしとせず 時の透き間へ流るる さりとて
知ることもなきまま 風のやう(よう) うつろひ(い)て ただ うつろふ(う)

夢見るや 浅き夢見じ はらはら消ゆる言葉 言の葉
あは(わ)れがれども困(こう)ずるならば いたづ(ず)らにただ眺め続けむ(ん)
心まよは(わ)す言の葉にさへ(え) まどふ(う)ことなく ただ上の空
思ひ(い)わずらふ(う)ことなどを(お)かし 総て変えゆくなら 黒にせむ(ん)

流れゆく時の中にさへ(え) 心憂きものくるくるまは(わ)りて
此方(こなた)より離(か)れける心も見ゆることなし 知らぬわ

夢見るや 浅き夢見じ はらはら消ゆる言葉 言の葉
あは(わ)れがれども困(こう)ずるならば いたづ(ず)らにただ眺め続けむ(ん)

若し(もし)おのづ(ず)から動かば 総て壊さむ(ん) 総て 総て 壊さむ(ん)
心の色はうつりにけりな 射干玉(ぬばたま)の夜 黒より白へ
そなたの心 此方(こなた)の心 総て知らざることばかりゆゑ
重たき夢の縁(ふち)より覚めて 壊さば壊せ 総て黒になれ





(現代語訳※意訳)

流れていく時の中でさえ 面白くないものがくるくる廻って
私から離れていく心も見えないわ 知らない
自分から動くこともしないで 時の透き間に流れる それに
色んなことを知らないまま 風のように流されて変化して ただただ色褪せていく

夢を見てる? 夢なんて見ていないわ 話し言葉も詩も歌も はらはら消えていく
心を揺らしても疲れちゃうなら 何もしないで傍観者でいるだけ
気持ちが揺れるほどの思いを込めた言葉にも 惑わされないで ただ上の空
悩んだり迷ったりすることも悪くはない すべて変えるなら黒にしましょう

流れていく時の中でさえ 面白くないものがくるくる廻って
私から離れていく心も見えないわ 知らない

夢を見てる? 夢なんて見ていないわ 話し言葉も詩も歌も はらはら消えていく
心を揺らしても疲れちゃうなら 何もしないで傍観者でいるだけ

もしも自分から動くなら すべて壊すわ すべて すべて壊すわ
(小野小町の歌じゃないけど)心の色はむなしく色褪せてしまったわ 真夜中に 黒から白へ
あなたの心も 私の心も すべて知らないことばかりだから
重たい夢の縁から目を覚まして 壊すのなら壊してしまえ ぜんぶ、黒になれ





このような感じになるかと思います~。
未熟な点がある文語アレンジですが、基本的に古語の辞書に載っている単語しか使用していません。
「くるくる」も「はらはら」も載ってるんですね〜!びっくり!

以下、より「きょティが傷林果歌ってみた動画」をお楽しみいただくために、
ちょっとした言葉遊びの解説をしてみたいと思います。

……眠くないですか?
大丈夫ですか?大丈夫ですよね?(笑)




此方(こなた)
平安時代以降使われた語。魅力的な一人称が多くて色々と迷いましたが、
今回はミヤビ~な感じを出したかったので「こなた」にしました。
「私」を全て、この語に訳しています。

浅き夢見じ
これは皆さんもご存知の「いろはうた」から引用した言葉です。
これには「浅き夢見し(浅い夢を見た)」と「浅き夢見じ(浅い夢など見るまい)」という二種類の読み方があるという説があるのですが、本家様の歌詞のイメージから虚無的な雰囲気を感じたので、意味的にも合うし…、と、こっちにしました。
「夢見し」か「夢見じ」か……ということについて、
以下のサイト様のコラムが非常に分かりやすいです。
>>【知の関節技:いろは歌の読み方「浅き夢みし」 か 「夢みじ」 か】

はらはら消ゆる言葉 言の葉
古語の世界でも、「言葉」という語は私たちが通常つかう「言葉」と同じ意味を持っています。
一方、「言の葉」の場合は、言語を木の葉に見立てているので、ちょっとスペシャルな意味がくっついてきます。
「上品なよい表現」という意味を持ち、転じて、「詩」や「和歌」のことを指すのだとか。
(平安時代の貴族たちのジョーシキだったようです。シャレオツ。)

あはれがる/困ずる
哀れに思う/疲れる

をかし(おかし)
意訳では「悪くはない」という微妙な表現になってますが……。
この言葉は、通常の「をかし(明るさや華やかさを伴った客観的な賛美のことば)」として解釈してもいいし、「滑稽だ」とか「不審だ、あやしい」とかの、マイナスな意味で解釈していただいてもいいなと思ってます。
皆さんでお好きに解釈して頂ければと思って、敢えて意味の幅広いこの言葉を持ってきてみました。
本家様の「もし私から動くのならば」って部分の意訳です。
「動く」って、単に動作的なmoveじゃなくて、誰かと関わったり、感情を揺らしたりすることかな?と思って、「思いわずらう+をかし」という風な感じにしてみました。

心の色はうつりにけりな
これは、ピンときて下さったかたもいてうれしい!
平安時代初期の歌人であり才女であった小野小町の歌、
「花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」
(訳:桜の花の色は、色褪せてしまった。春の長雨が降っている間に。ちょうど私の美貌が衰えたように、恋や世間のもろもろのことに思い悩んでいるうちに。)
から引用しました。
小町ちゃんの歌の場合の「うつる」は「花」に対応して「花の色がうつりゆく=色褪せる」という意味に解釈できるそうなので、こっちも本家様にある、白になったり黒になったりな歌詞を踏まえて「色褪せる」って感じで読んでもらえるととっても嬉しいです。

射干玉(ぬばたま)の夜
「射干玉の」というのは「枕詞(まくらことば)」と言い、和歌をオシャレに!楽しく!するワザのひとつです。
とあるキーワードから特定のキーワードを呼び出す、という働きをします。
「射干玉の」は「夜」を呼び出す枕詞なので、「射干玉の夜」となりました。




以上、このような感じです(ぜはーぜはー)。

日々再生数・マイリス・コメント数が増えていて本当に嬉しいです。
それもこれも、素晴らしいご本家様、邦楽アレンジされた皆様と出会えたからこそ…!
歌ってみた企画に挑んでくれた杏ノ助、ありがとう!
MIXをして下さいましたCalculators様、動画エンコードをして下さいましたT2様もありがとうございました!
そして、今このページを読んで下さっているあなたさまにも感謝申し上げます。


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